大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(あ)641号 決定

本籍

大阪市東成区玉津二丁目八二番地の四

住居

大阪府堺市大美野六五番地の一

仏壇仏具販売業

倉本斉也

昭和一一年八月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五六年二月二七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官  野宜慶 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 宮崎梧一)

○ 昭和五六年(あ)第六四一号

上告趣意書

所得税法違反

被告人 倉本斉也

右被告事件につき、昭和五六年三月二七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五六年六月六日

弁護人弁護士 大槻龍馬

最高裁判所第二小法廷

御中

原判決の量刑は著しく重く破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は、弁護人の

被告人の仏壇仏具販売等の事業における売上総額が昭和四六年分では四億二、一二一万一、八一〇円、昭和四七年分では六億二、六〇九万七四〇円、荒利益率が五〇パーセント、経費のうちセールスマンに対する歩合給が売上額の八パーセントであることを前提として、第一審判決が認定した被告人の前記各所得金額の上に立って被告人の前記営業における経費率を算定すると、前記セールスマンに対する歩合給分を除けば昭和四六年分では五・四パーセント、昭和四七年分では一一・三パーセントという被告人の営業の実態とかけ離れた不当に低い数値となるが、かかる不合理な計算結果は、第一審判決が被告人の前記所得金額を認定するにあたり採用した財産増減法における各期末の受取手形、たな卸資産、預金等の財産状況の把握が不完全なことに由来するもので、被告人の所得金額が第一審判決の認定額を下廻ることを示すものと考えられるから、この事情を被告人に対する刑を量定するにあたり有利に斟酌すべきである。

との主張に対し

第一審が財産増減法により被告人の前記両年分の各所得金額を第一審判決判示のとおり認定した点はいずれも肯認でき、これが過大認定であるという誤りを見出すことはできず、所論が第一審判決認定の所得金額を前提とすると生ずるという経費率の数値における不合理な計算結果については、所論が前提とする諸項目の数値のうち、荒利益率が五〇パーセント、セールスマンに対する歩合給が売上額の八パーセントであるとする点は、本件証拠上肯認しがたい(第一審が取調べた本件各証拠によると、所論の荒利益率の点については、昭和四六、四七年当時仏壇仏具販売業者間における荒利益率は平均約五〇パーセントであったところ、被告人のもとでは多額の営業資金を保有して大巾に現金仕入れを行い、他の同業者よりも低い原価で商品を入手していた事情が認められ、特に被告人の異母弟で被告人の営業における店内業務を一任されていた倉本興一は、第一審証人として、仏壇については最低でも仕入値のほぼ二倍、高いものでは七ないし八倍、平均して二倍半から三倍、仏具については平均して仕入値の約二倍の価額で販売していた旨証言しており、また所論のセールスマンの歩合給の点については、被告人のもとでの売上分のうちセールスマンによる売上額に対し、現金売上分については一〇パーセスト、三割の預金を得た割賦販売分については八パーセント、全額割賦販売分については五パーセントの各歩合金がセールスマンに支給されていたことが認められ、八パーセントという所論の数値は、右の各歩合給の率を平均したものと考えられるが、前記証拠によると、被告人のもとでの売上にはセールスマンによるもの以外にも、被告人らによるいわゆる店売分も少なくなかったことが認められ、他方、被告人のもとでの売上中に占める右店売分及び前記三段階の歩合給率に対応する各売上分のそれぞれの割合を認定できる確証は本件証拠上見出せないことよりすれば、所論の主張は、不確実な数値を前提とするものとして、採用することができないものである。)から、右主張は失当である。

として弁護人の主張を排斥した。

しかしながら、本件逋脱所得額算定のための立証方法は財産増減法によるものであるが、次に記載するようにその立証は受取手形の点においては不十分であり、たな卸の点において著しい矛盾があるので、立証は尽くされたものとはなし得ないのに、原判決はこれを完全なものとなし、第一審判決認定の逋脱税額を正当として量刑不当の控訴趣意を排斥しているのである。

二、本件における財産増減法の弱点

1 受取手形について

(一) 第一審判決の受取手形の認定額

第一審判決の受取手形に関する認定は次のとおりである。

昭和四五年一二月三一日 七五、一八四、五〇〇円

同 四六年一二月三一日 一三五、七九九、九二九円

同 四七年一二月三一日 二四一、一一四、九〇〇円

ところが右認定の証拠となっている受取手形入金別集計表(検察官請求番号六四)によれば、

昭和四五年

手形金額 六二、五五五、七〇〇円

入金 二二、二二一、三五〇円

残高 四〇、三三四、三五〇円

昭和四六年

手形金額 二五〇、八四五、三五〇円

入金 九九、〇四三、六八〇円

残高 一五一、八〇一、六七〇円

昭和四七年

手形金額 五二二、〇〇〇、七七〇円

入金 二三〇、三六六、三七〇円

残高 二九一、六三四、四〇〇円

となっていて、検察官の主張額と一致しない。

(二) 各年末における受取手形の把握は不完全

被告人が商品を販売しその代金として受取った手形のうち、

A 商品仕入先に対する商品代金の支払として渡されるもの

B セールスマンに対する歩合給として渡されるもの

C 自動車販売会社・自動車修理工場へ自動車代金や修理代金として渡されるもの

D 江本広治のごとく全額現金を立替えて被告人に渡し一〇パーセントの歩合給を受領し、手形は手元に残し期日が来るごとに取立に廻されるもの(この場合、被告人が受領した現金は終局的には預金の増加・買掛金の減少等他の資産に変化していることになる。)

E 従業員の紛失もしくは不法に領得されるもの

などを除いたものが被告人の手元に残るわけである。

而して被告人及び被告人の妻清恵は、昭和四六年・同四七年の各年末に手元にあった受取手形の合計は約八、〇〇〇万円位であったと供述している。

第一審判決認定のうち被告人が商品販売代金として受領した手形は概ねその全容が把握されているものと考えられる。

しかしながらB/S立証においては、各年末における前期A・B・C・D等が完全に把握できるか、さもなくば、被告人の手元に残ったものが完全に把握できないかぎり、これをもって所得算定の基礎とはなし得ず、場合によっては、預金の増加・買掛金の減少等と受取手形とが二重に資産計上される可能性が存するのである。

而して、本件においては被告人の手元に残っていた手形についてはこれを確認できる資料がないため、本件調査は受取手形伝票を作成して前記AないしDなどを確定しようと企て、その記入資料を得るため、各手形の裏書・取立状況を確認しようとして金融機関に対し、厖大な照会文書を発したが、そのうち回答が得られないものが極めて多数にのぼっている。

被告人の商品仕入先の中には、被告人が仮名の近藤成之名義の預金口座を使用していたことに便乗して別の仮名を使って被告人に対する売上の一部を除外している者もあり(例えば、昭和四八年一一月二九日付三輪章の確認書によれば近藤成之のほかに豊臣商店名を使用している)、これらの者が、被告人からの受取手形を公表計上せず、仮名の口座で取立てている場合には、その発覚をおそれて金融機関に対し、査察官からの照会には回答しないよう依頼するようなことはあり得ることであり、世間で数多く行われているところでもある。

そして右の照会回答のない分の中には、支払期日が翌年のものを前年中に相手方に渡しているようなものも相当ある筈である。

従業員が粉失したり不法領得したようなものもおそらく照会回答には現れて来ないであろう。

また照会回答の中で三和銀行京都支店が取立銀行となっているものが相当多数見受けられ、その中には次長宮下金次郎が取立人となっているもの(例えば昭和四六年九月一〇日、整理番号六〇、二四八)があるが、いずれも被告人としては全く思い当らないものである。

ところが査察官において右の点について調査した形跡がないのである。

査察官の調査の杜撰さは、受托通帳のないものの明細(検察官請求番号二五)において極めて顕著である。

即ち同調査書において手形の受付番号のみ記載し、支払銀行・支払人住所氏名・金額・支払期日が空欄となっているものは合計六二六通という厖大な数に及んでおり、これらについては、弁護人として照合のしようがないのである。

査察官調査書で、これほど杜撰なものはない。

つぎに譲渡手形集計表(検察官請求番号六〇)によって受取手形のうち、支払期日が翌年中になっているものを当年中に譲渡したものをまとめてみる。

〈省略〉

右の表に記載されている金額はあくまで明確な資料の存するものだけに限られているのである。

ところが、仕入買掛金明細表(検察官請求番号一四三)によれば次のような多額の決済内容不明金が存することが認められる。

〈省略〉

右のうち決済内容不明という処理は如何なる理由に基づくものであろうか。

結局被告人から支払決済を受けた者が簿外で処理をしているため、その内容を明らかにしないものか、もしくは明らかにできないものとしか考えられない。それが、昭和四六年分約三、九五〇万円、昭和四七年分約一、八三〇万円の巨額に及んでおり、おそらく被告人が顧客から受取ったいわゆる受取手形によるものであろうし、その手形の中には、支払期日が翌年度のものが混っていることも当然あり得るのである。さらに不渡手形とこれに関連する貸倒金の点についてみるに、証人足立雅一の供述によっても明らかなごとく、査察官の認定根拠となっている中瀬雅光の判断は必ずしも正当でなく、貸倒金が昭和四六年が零で、昭和四七年は七、四五五、八〇〇円(検察官請求番号四)というのは、あまりにも現実と遊離したものといわねばならない。

以上の考察によれば、査察官のなした各年末における受取手形の把握は明らかに不完全なものといわざるを得ない。

2 たな卸について

(一) 検察官のたな卸主張額

たな卸に関する第一審判決の認定額は次のとおりである。

〈省略〉

而して、仏壇については物証たる売上帳・買原簿等によって各年中の増減数を確定し、各年末の在高を算出したものであるとし、仏具は仏壇に附属して出庫されるものであるとしたうえ、桜二二号と黒丹二二号の仏壇と仏具をとりあげて仏壇に対する仏具の原価率(昭和四六年分三八・六五パーセント、昭和四七年分四〇・五一パーセント)を確定し、右原価率によって仏具の在庫を推定計算によって算出されているのである。(昭和五四年一〇月二九日付検察官の釈明書参照)

(二) 右認定額における自己矛盾

なるほど仏具が仏壇に附属して出庫されることはそのとおりである。

そのためには仏壇の仕入にあたっては、これに相応する仏具も当然に仕入れることになるから、たな卸在庫も亦一応対応関係において存在するものであることは何人も否定できないところである。

ところが第一審判決の認定によれば、昭和四六年一二月三一日現在の在庫は、仏壇三三、五六三、〇〇〇円に対して仏具は零なのである。

当弁護人は多年に亘って直税事件を取扱ってきたが、このような主張は初めて経験するところである。

かりに原価率三八・六五パーセントが正しいとしてこれを適用するならば仏具は一二、九七二、〇九九円でなければならないとするのが常識ではあるまいか。それが零であるということは逆に物証によって確定したとされる仏壇の在庫自体にも疑問が生ずることにもなるのである。

(三) 矛盾発生の原因

査察官調査書類のうち仏壇出入元帳(検察官請求番号八四)は仏壇の出入につき、仕入金額・売上金額を記載し、恰も個々の仏壇の仕入と売上が具体的に結びついているもののように表現されているが、現実にはそうではない。

従業員が無断で仏壇を持出したり、江本広治が被告人の名を利用して仕入れ、売却したりした事実が現実に存在するが、それらのことは仏壇仕入元帳では把握できていない。

また仕入先における売上除外や、受領手形の簿外処理と複雑に絡んで、仏壇の在庫の実態把握を一層困難ならしめているものと考えられるのである。

このような不確定な数値を基礎にして、さらに適切な試料となり得ない原価率を定め、これをもって母集団の推計を行うことによって得られた仏具の在高に至っては前記のとおり、現実に考えられない零というような表示となってしまうのである。

以上述べたように本件における財産増減法は、この種事件では他に類例を見ない不徹底、不完全なものであって、本来事実誤認として争うべき性質のものであるが、被告人は本件によって実質的所得を上廻る巨額の課税について徴税に追いまくられ過重な納税のため販売活動に縛りつけられ法廷における長期審理に耐えられないところから専ら情状としての斟酌を求めたものである。

右のように財産増減法の不完全な場合においては本来被告人に有利に認定さるべきであるが、本件では右のような事情から被告人が課税面において不利益を受けるのみか、量刑面においても不利益を受ける可能性を生ぜしめているのである。

三、そこで、原審においては、損益面から財産増減面の不完全を指摘し量刑について再考を求めたものであるが、原判決は一般常識を無視し被告人の異母弟で、本件検挙後被告人と対立して店を辞め、独立して仏壇仏具の販売業を営み被告人の販路を荒らしている倉本興一の証言を信用するばかりでなく、物的証拠たる江本広治が記入していた無題ノートの記載内容を無視し、売上に対する荒利益率五〇パーセント、セールスマンに対する歩合約八パーセントという主張をいともたやすく排斥しているのである。

四、本件逋脱税額は二期分合わせて二三四、〇八七、五〇〇円であるが、すべての資料が揃い正確に逋脱所得額が把握されるならばこれよりもかなり減額されることになり、さらに所得税が累進税率(わが国における累進税率が高すぎることについては各方面から批判がなされているし、アメリカ合衆国では最近累進税率を低くした。)であることに鑑みると逋脱税額はさらに減額されることになるのである。

加えて疑わしきは被告人の利益にという刑事訴訟の大原則に立って前記の受取手形、たな卸関係の財産増減法における立証の不完全な点を考慮するならば、第一審判決における量刑中罰金四、〇〇〇万円は重きに過ぎるものであり、これを支持した原判決は不当といわねばならない。

五、さらに被告人はその後日蓮正宗創価学会の信仰に対する根本指導の誤りを指摘してこれを批判する正信会檀徒に加わったため、創価学会より弾圧を受け、営業成績が急激に低下し一層納税に苦慮する毎日を送っているのである。

以上の理由により原判決を破棄しさらに相当の御裁判を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

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